「しっかりしてよ!」と思うとき

こんにちは、

訪問心理療法士の森口です。

ご覧いただきありがとうございます。

 

例えば、

パートナーなど、身近な人にしっかりしてほしいと思ったら、

自分が当分の間しっかりさんを辞めてみる。

 

これを試しにやってみれたらいいのですが、

実際やるのはなかなか難しい。

 

だって、「しっかりしてよ!」と思っている側の人は、

本人がしっかりしている人だから・・

 

ちゃんとしなきゃ

自分の事は自分でやらなきゃ

困っている人がいたら自分が何とか助けなきゃ

人に迷惑をかけないようにしなきゃ

大人なんだからこのくらいしなきゃ

などなど・・

 

いろんな事を頑張ってちゃんとしようとして、

それが当たり前になっているのだから。

 

それをやめてみるって簡単じゃないです。

 

しっかりしている=良いこと

しっかりしていない=ダメなこと、情けないこと

のような考え方が根付いていることもあるかもしれません。

 

まわりの人にどう思われるかが気になったり、

怖かったりする人もいるかもしれません。

 

だからこそ、「しっかりやる」をやめてみるって

自分の中の選択肢にないし

とても怖いことだと思います。

 

自分がやらないと大変なことになる。とも思うでしょうし・・

 

しっかりとか、ちゃんとをやめてみるって

大きな勇気と覚悟が必要なのかもしれません。

 

実は 私も長い間そうでした。

そしてプンプン怒ります。

 

 

勇気を出して「ちゃんとするをやめること」を試してみようとしても、

心がざわざわして落ち着かなくなって、

結局自分がいろいろ背負ってやってしまうし、

口も出してしまうのだと思います。

 

自分の行動を変えてみることを、

やってみようと思っても難しいのと同じように、

相手には相手の価値観があり、

どんなに「しっかりしろ」と言われたって

なかなか変えることができない。

と、いうことになります。

 

どちらも、できないもんはできない。同じ。

 

 

それでも、もし勇気を出して「しっかりをやめてみる」を試してみれたら、

何かが変わるかも

何か新しい発見をするかもしれません。

 

人を変えるってできないけれど、

自分が何かを試してみることは自分次第で出来ること。

 

何らかの行動を起こすと

必ず何らかの結果が得られるもの。

それが失敗だっていいと思うのです。

いのちの危険が伴わないことなら。

経験によって何かを知れたのだから、

次の方法を考えることが出来ますし。

 

なんでもやってみなきゃ分からない。

 

分かっていることは、

今悩みがあって、

今までのやり方じゃうまくいかなかったから悩んでる。

ということなのではないか・・と思うのです。

 

勇気がいるけど、

今までと違うことを試してみる。って

一つの方法だと思います。

 

しっかりしている人はもちろん素晴らしいです。

でも、しっかりしているからこそ

生きづらいと感じている人も少なからずいます。

 

なので、しっかりしていなくてもダメじゃなくて、

情けないわけでもなくて、

善悪や優劣ではなく、

しっかりしている人もいるし、

しっかりしていない人もいるし、

ただの違いと捉えてみるのも一つの考え方なのだと思います。

 

そこに正しいも間違いも無いという考え方もありじゃないかと・・

 

どんな考え方を自分の人生に採用するかは、

自分が自由に選んでいいもの。

 

もし、善悪も優劣も正誤もなく、

ただの違いだとしたら、

どちらでもいいということになる。

 

しっかりした人でいたければそのままでいい。

相手にしっかりしてほしいと思ったら、

自分が頼る側になってみるのもいい。

 

「相手がしっかりしてくれないと頼れない」というのは逆なのです。

 

こちらが「しっかり」をやめて、

頼ることをしているうちに変化してくるという順番。

 

どちらを選ぶかは自分で自由に決めていいのだ。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

心理療法カウンセラー 森口瑞恵(もりぐちみずえ) アダルトチルドレン、生きづらさ等から脱出し、人も自分も大切にする方法を身に付けながら、自ら輝き、自分らしく生きる力を発揮するための心理支援をおこなっております。 現在、心身に症状のある方には、身体と心のつながりを大切に考えながら必要なケア方法をお伝えして参ります。