「他者に期待しない」ってどういうことだろう?

  

こんにちは、

カウンセリングルームほほえみの森口です。

御覧いただきありがとうございます。

  

  

期待する、期待しない、

期待される、期待されない。

どれも過度になるとしんどさが発生します。

でも、ほどほどが難しい・・

  

期待されすぎるとプレッシャーだし、

だからといって全く期待されないのも

信頼されていないような、

見限られているような・・

  

一方で、自分が期待する側の時は

自分の内面で何が起きているのでしょうか。

  

他者に期待する?期待しない?

  

他者に対する期待が大きいと、

それが叶わなかったときの落胆は大きいと思います。

  

がっかりしたり、失望したり、

或いは裏切られた感や、怒りを覚える人もいるかもしれません。

  

相手から期待を持たせられるようなことを直接言われた場合と、

自分が勝手に期待している場合とでは違いがありますので、

ここでは、

自分が勝手に期待してしまっている場合に

フォーカスして考えてみたいと思います。

  

  

他者に期待するってどういうこと?

  

  

  

相手への期待が発生するときとは?

  

例えば、

パートナーなどの親密な関係の中で、

相手に対して「〇〇してほしい」と思うとき。

  

ああしてほしい、こうしてほしいと望む。

これも相手に勝手に期待することのひとつかもしれません。

期待してそれが叶わなかったときは、

「〇〇してくれない。」という不満や、

「〇〇してくれないということは、つまり愛されてないんだ。自分はその程度の存在なんだ。」

と考えて、傷つき悲しくなり、

怒りも湧くという流れが起きる人もいるでしょう。

  

となると、

本当に求めていることは、

「自分は愛されている。大切に思ってもらえている。愛される価値のある人間だ。ということを確認して安心したい。実感して満たされたい。」

というものなのかもしれません。

  

そしてこの場合には、

「自分は愛される価値がある人なのか?」という不安が

潜在的にあるのかもしれない。

  

自分の内面にあるものが、

他者への期待として現れる。

  

ややこしくて分かりづらいですが、

人間の心ははとても複雑です。

  

これはあくまでひとつの例ですが…

  

その他には、

上司が部下に、親が子に期待するというものがあります。

これも勝手に期待している場合は、

結果がそぐわない時に失望をあらわにしたり、

否定的な言葉や態度を投げかけて

部下や子どもが深く傷つくということが起きます。

  

この場合は、

権力や立場に上下差があるので、

内容によっては暴力虐待になりかねません。

  

期待に応えない相手が悪い、

相手の責任、みたいな構図が出来上がってしまいます。

  

しかし実際は、

期待している側のことだったりします。

  

  

もちろん期待することが悪いということではありません。

他者から期待されることもまた、

励みになったり認められている感覚になったりもしますし、

誰もが全く期待しないなんてことは無いとも思います。

  

ただ、過度な期待は相手の大きなプレッシャーとなり、

期待に応えられない人は無能だというような

自尊心の低下を招く恐れがあることを知っておきたいところです。

権力や立場に差がある場合は特に。

  

逆に、期待に応えてもらえなかったときに、

「〇〇してもらえない自分」と考える人は、

自分の自尊心の低下を招く事態になることも。

  

相手か自分のどちらかに、

傷つき感や自尊心の低下が発生する可能性が

あるということになります。

    

   

期待する人としない人の違い 

  

人によって、

凄く他者に期待してしまう人と、

あまり他者に期待しない人がいると思います。

  

他者にあまり期待しない人と聞くと、

他人を信じていなくて冷めた目で見ているような

そんなイメージを持つ人もいるかもしれません。

でもそれは、

期待して傷つくことを恐れて、

はじめから期待することをあきらめてる

という可能性も。

  

それから、

人に期待しすぎずにいられる人の中には、

自分で自分を満たすことができているから、

他者にこうしてほしい、ああしてほしい等という

欲求自体があまり湧かない。

そういう方もいます。

  

  

他者に期待しない人達の中でも

その理由は人それぞれ。

  

恐れからのものか、

満たされているからのものか・・

動機となっている感情が

自分に影響をもたらします。

  

  

逆に、自分は他者に期待しすぎてしまうと

感じている方もいるでしょう。

  

例えば、

居場所が無いと感じながら子ども時代を生き延びてきた人の中には、

自分を受け入れてくれそうな人に出会ったとき、

居場所ができるかもしれないという期待、希望が発生します。

  

それから、

他者のために一生懸命動く人は、

他者も同じように動いてくれるのではないか?という期待が湧くかもしれません。

私はこんなに尽くしたのに、

こんなに考えてあげたのに、

助けてあげたのに、がんばったのに・・

「○○したのに。」というフレーズが思い浮かぶとき、

自分が行動した分、相手にも期待が発生すると思います。

  

  

普段は自覚なく無意識の場合が多いので、

日常の中で自分がどのくらい他者に期待しているか

気づきづらいかもしれません。

  

無意識に知らないうちに相手に期待していると、

それが叶わないと知った時には

絶望し傷つき感が増します。

  

その場合に目指したいのは、

自分で自分をある程度満たすことなのだ思います。

  

自分でも自分を満たす力を

そこそこ養うことができれば、

他者に期待しすぎることも減り、

バランスよくなるのかもしれません。

  

期待を程よく手放す

  

期待するか、しないか、の両極ではなく、

その中間のグラデーションの中でバランスをとっていきたい。

  

期待するのもされるのも、

そこそこバランスよく・・

それがなかなか難しい・・

  

これは感覚の話になるので、

身につけるためには

自分を自分で満たすためにできることに

意識的に取り組んでいくことが必要です。

  

  

まずは、

相手への過度な期待は、

結果として相手も自分も傷つけることになる可能性があることを知っていたい。

  

それでも、

どうしても期待が大きくなってしまう。

期待せずにはいられない。という場合は、

自分の今までの人生の中に大きな傷つき感があるはず。

  

例えば、

居場所がなかった。

誰にも気持ちを分かってもらえなかった。

自分はいない方がいいのではないかと思うことがあった。

などなど…の傷ついた感覚。

  

自分で自分を満たす力を養うためには、

それらの傷を癒すことが必要になります。

  

他者に期待しないということは、

相手への「〇〇してほしい」という欲求を

手放していくということになります。

  

手放すと言っても、

ゼロにしようとするのではなくて、

少しずつ手放して半分くらいまでにするようなイメージ。

  

それが、人間関係も円滑になりやすく、

自分も生きやすくなっていくのではないかなと思います。

  

自分は普段どうだろうか?

過度に期待をしたくないのに、

いつもどうしても期待してしまう。

あるいは、

もうちょっと信じて諦めずに期待してもいいかも?

あるいは、

満たされているから今のままで十分?

    

自分は無意識に何を望んでいるか?

自覚していない部分、

無意識にあるものってどんなものだろう?

自分をよく知っていくのは面白いです。

 

  

  

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