人の顔色を窺ってしまう辛さ

 

こんにちは、

心理療法カウンセラーの森口です。

 

今日までどのような環境で、

どのような経験をし、

どのような気持ちになって、

そこからどんなことを学んだのか、

皆、ひとりひとり違うと思います。

  

たとえ全く同じ経験をしていても、

気持ちが100%同じという人

いないのかもしれません。

  
人の気持ちは見えないし測れない。

どんなに注意深く観察しても、

人の気持ちを100%わかるのは困難。

 

そう頭でわかっていても、

人にどう思われているのか怖くなって

考え込んでしまうのはなぜ?

  
人の顔色が気になって、

自分を出せずに辛くなって、

人と会った後とても疲れてしまうのはなぜ?

  

ひとつの可能性としては、

身近にいた大人の顔色をうかがっていた

過去の経験からのものがあります。

親や祖父母、担任などが多いです。

  

顔色をうかがい、アンテナを張って、

大人の機嫌が良さそうか判断し、空気を読み、

機嫌を損ねないように最善を尽くすことが、

その時の安全と安心を得るために

必要だったというような経験です。

  

例えば、自分を守るため。

自分が否定されて傷つくことにならないように。

自分が攻撃されて傷つくことにならないように。

怒られて怖い思いをしなくて済むように。

心と身体の痛みを感じるような出来事が起こらないように。

自分の存在を肯定できないような絶望を感じることが起きないように。

親を嫌いにならずに済むように。

人を憎まずに済むように。

  

または、大事な存在を守るため。

母親が苦しまないように。

母親がこれ以上辛い思いをしないように。

母親が笑顔になるように。

兄弟姉妹が傷つくことにならないように。

家庭の中の平和を何とか守るために。

  

これら以外にも理由はあるかもしれません。

どのような理由にせよ、顔色を見る必要があったのです。

その時の最善の策だったはず。

  

それが今は生きづらさになってしまっているとしたら、

最善策ではなくなったとしたら、

今そのことに気がついたのなら、

今の自分に合う最善策を見つけていけばいいのだと思います。

  

慣れ親しんだものを手放すのは簡単ではないけれど、

今の自分に合うものを

自らの意思で選び直していくことは可能です。

 



過去の傷を癒して、最善策を選び直す。

この両方が必要です。

傷つき体験により学んだ最善策なので、

傷を癒してあげないと、最善策だけを選び直そうとしても、

頭で考えるだけでは潜在意識を変えることは難しいです。

 

最善策はその場所で生きるしかない子どもが、

恐怖を感じる状況から自分を守るために

身につけた習慣です。

習慣は潜在意識に定着しているもの。

  

潜在意識に定着しているものは、

言い換えればプログラミングされている感じ。

組み込まれて決定しているような、

自分と一体化していて

自分自身だと勘違いしてしまうような感覚のもの。

  
でも、実際は自分自身ではなく、

環境や経験、それに伴う感情と生きる術として

生まれた後から組み込まれたもの。

  
生まれつき決まっているものではなく、

生まれた後から「落としちゃだめよ!」と

持たされたようなものです。

 


なので、

「人の顔色を見て自分を出せないダメな自分。」ではなく、

「人の顔色を見て自分を出せない辛い状態にある。」ということ。

自分の存在そのものの価値と、

今の状態とを繋げなくて良いのです。

 

自分自身の価値と、今の状態や感情とを繋げて

自分を貶めてしまう考えは、

生まれた後から経験により組み込まれたものです。

 

自分自身の価値と繋げて考えると、

自分がとっても傷つきますし、

悲しくもなります。


もし自分と繋げて辛くなったら、

その気持ちを吐出して受容して

消化していこう!

 

そして、自分を辛くさせるような

組み込まれているプログラムは

今から選び直すことが出来るものです。

 

 

どんなものがプログラミングされているかは

人それぞれ。

 

知らず知らずのうちに組み込まれたものを

今の自分が選び直すことで

辛い状態から救ってあげよう!

 

 

 

  

  

  

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